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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(行ツ)14号 判決

愛知県一宮市向山町一丁目六番地

上告人

柴田次郎

右訴訟代理人弁護士

青木茂雄

愛知県一宮市栄四丁目五番七号

被上告人

一宮税務署長 藤井友一

右指定代理人

藤井光二

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四五年(行コ)第二三号所得税更正決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年一一月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青木茂雄の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 岸盛一 裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里)

(昭和五一年(行ツ)第一四号 上告人 柴田次郎)

上告代理人青木茂雄の上告理由

原判決は、旧所得税法(昭和二二年三月三一日法律第二七号)第五条の二第二項(みなし譲渡)並びに同法第九条第八号(譲渡所得の算定)の解釈を誤り、最高裁判所の判例に牴触し、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背が存ずる。

第一、原判決は、その理由第三項において、

(一) 昭和三五年五月一八日、上告人は訴外柴木物産株式会社に対し、本件土地を二五九万八、七三〇円で売却したが、「その譲渡の時における価格」(同法第五条の二第二項)は、一、八〇五万九、〇八七円であり、著しく低額の譲渡であつたこと(同三項の(六))、

(二) かかる低額譲渡のなされた動機は、右訴外会社が昭和三三年頃より経営悪化し同三五年度において貸倒損失一、七七九万七、三八五円および繰越欠損金五四三万二、九七九円を計上していたので、右訴外会社の代表取締役であつた上告人としては、右訴外会社をして転売利益の取得により欠損金を補填させて再建をはかるのが得策と判断したことに存すること(同三項の(三))、

等の事実を認定している。

第二、そして、同理由第八項において、

(一) 上告人が右訴外会社の多額の債務につき、保証債務を負担していたため、本件土地代金二五九万八、七三〇円が右保証債務の弁済に充てられ、これにより取得した求償権も事実上行使することが出来なかつたとしても(同八項の(一))、また、右訴外会社が債務超過の状態にあつたため右代金額を超える部分については当初より回収不能であることが確定していたとしても(同八項の(二))、いずれも同法第五条の二第二項の適用を免れうるものではなく、かつ、昭和三七年法律四四号所得税法第一〇条の六第二項規定の遡求ないし類推適用の余地はなく(同第八条の(三))、更に、昭和四〇年法律三三号所得税法第五九条二項の類推適用の余地もない(同第八項の(四))、と判示し、

(二) 結論として、本件譲渡は低額譲渡であり、本件更正決定処分には何らの違法も存しない、とする。

第三、原判決の右判示は、明らかに旧所得税法第五条の二第二項、同法第九条第八号の解釈・適用を誤つたものである。

(一) そもそも、「みなし譲渡」の規定は、所得税は納税者の担税力に応じて課税されるべきものであるという、いわゆる応能負担の原則の立場、また所得とは一定期間内における資産の増加額の合計額から当該期間内における資産の減少額の合計額を差引いた、その残りの資産の純増加額をいう、と定義するいわゆる純資産増加説による所得概念論の立場等から見た場合、根本的に疑問が存する。資産の無償又は低額譲渡によつては、譲渡人の資産は減少こそすれ、増加する余地はなく、したがつて納税すべき資力を生ずる余地もないのである。従つて事実上存しないものを税法的評価によつてとくにあるものと擬制し、この擬制されたものに課税しようとする納税者の所得実体から遊離した規定に外ならない。

(二) 従つて、みなし譲渡の規定の解釈・適用は、譲渡のなされた背景・事情を充分に参酌し、納税者の担税力に照して苛酷な結果にならないよう、慎重かつ制限的になされるべきである。このことは、法自身が、右規定の不合理性を認め、これを是正するため、昭和四〇年法律三三号第五九号第二項(税務署長に対する事前届出)により、その適用緩和を図つている事実を見れば明らかである。

(三) 更に、昭和三七年三月の所得税法改正により新設された同法一〇条の六第二項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合、求償権の行使不能を収入金額の回収不能とみなすものであり(現行法六四条二項)、今日では、この保証債務に関する所得税法の規定を物上保証の場合にも、拡張して取り扱つている(通達二六八七)。原判決は、右一〇条の六の規定は、昭和三七年一月一日以後に生じた事実についてのみ適用され「遡求適用することは許されない」と判示するが、右規定に準じた取扱いは税務行政においては旧くから行われ、「みなし譲渡」規定の画一的適用による弊害を、実務における弾力的な処置により可及的に除去すべく努力されていたものである。加えて、昭和三六年七月二〇日、公式に、国税庁長官通達(直所一-四七・直資五八)により、右一〇条の六と同趣旨の取扱を、右通達時以降の事実について、なすべく指示されている。即ち、右一〇条の六の規定は、税務行政上旧くから行われていた取扱かつ、昭和三六年七月二〇日に、長官通達により公式に認知された処理方法を昭和三七年三月事後的に法が追認したものに過ぎず、従つて、右規定は遡求類推適用されるべきが原則であつて、遡求類推適用を阻む理由は何一つ存しないのである。本件譲渡は、昭和三五年五月になされているのであり、右通達よりわずか一年二月遡るにすぎないのに、この一事を以つて、法第五条の二第二項を全面的に適用することは、税負担の公平、納税者の実質的担税力を無視するものであり、かつ、右一〇条の六の規定の沿革に背くものである。これは、要するに、原判決が、法第五条の二第二項の解釈・適用を誤つたものである。

(四) 「法第九条第八号にいう収入金額とは、譲渡資産の客観的な価額を指すものではなく、現実の収入金額を指すものと解すべきである。」(最判昭三六・一〇・一三、民集一五巻九号二三三二頁)ところ、原判決は、現実の収入金額を全く無視し、観念上、算出・擬制されたに過ぎない数値を以つて、本件更正決定の当否を判断している。これは、右第九条第八号の規定の解釈を誤り、かつ、判例に牴触するものである。

以上

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